大阪産業大学 田原研究室(Advanced_Rocket_Lab.)
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  2)大型静止衛星搭載用直流アークジェットエンジンシステムの開発

直流アークジェットエンジンは、同軸電極構造を持ち、推進剤を直流アーク放電により加熱し超音速ノズルで膨張加速させる電気加熱式エンジンである。近年、人工衛星の軌道保持、姿勢制御を行う二次推進系に使用する低電力(0.3〜2 kW)型 と地球軌道間輸送用の主推進エンジンを目指した大電力(10〜30 kW)型が主に研究開発されてきた。推進剤にはヒドラジン(N2H4)、もしくはアンモニアが使用される。投入電力10〜30 kWクラスのアークジェットエンジンはアメリカ、ドイツで主に研究されてきたが、実用上は電極の耐久性と排熱方法に大きな問題が残されている。

しかしながら、米国空軍により26 kWアンモニアアークジェットエンジン(比推力800秒、推力2 N)を搭載したAdvanced Research Global Observation Satellite(ARGOS)が1999年に打ち上げられ、軌道間輸送用主推進機の開発を目指してElectric Propulsion Space Experiment(ESEX)が行われた。

2.1) グリーン推進剤の使用

直流アークジェットエンジンは人工衛星の軌道制御・姿勢制御を行う二次推進系として実用化され、さらに月・地球間軌道間輸送や惑星間輸送のための主推進機として期待されて開発が進められている。推進剤には一液、二液推進系と推進剤を共有できるヒドラジン(Hydrazine:N2H4)が主に使用されてきた。しかし、ヒドラジンは高毒性物質であるため安全管理が難しく、取扱時のコストおよび時間面に問題がある。この代替となるクリーンな推進剤の使用が世界的に望まれており、その一つとしてHAN(Hydroxyl Ammonium Nitrate:NH3OHNO3)系推進剤が注目されている。HAN系推進剤はヒドラジンを超える燃焼性能を持ち、さらに低毒性物質であり、取り扱いが非常に安全である。ヒドラジンとHAN系推進剤の取扱時の様子を図1に示す。ヒドラジンの取り扱いは防御服であり、HANのそれは普通の作業服で良い。しかしながら、HAN系推進剤には酸素原子が含まれており、電極であるタングステンを酸化し融点を低下させ、電極の損耗が非常に大きい。アークジェットエンジンでは電極寿命がスラスタとしての寿命となるため電極損耗の低減が必要である。

日常生活において水は必要不可欠である。地球上において水の確保は容易であるが、宇宙空間での水の確保は困難であり、水は大変貴重で入手するには地球からの供給に頼るしかない。しかし、一度に補給船に搭載できる量には限りがあるため、水の利用には制限があり、宇宙空間における水の再利用は非常に重要である。そのため、ISSでは乗組員の汗や尿などの排水を回収し、再生水として再利用できる水再生システム(Water Recovery System: WRS)が搭載されている。このシステムは排水を蒸留し再生水に変換し、水の確保するものである。現在、地球以外の惑星、衛星にも水が存在することが明らかになってきており、今後の宇宙開発が発展し、他の惑星・衛星で水を採取することが可能となれば、様々な場面で水が使用できる。水を用いた電気推進も期待できる。

  大阪産業大学では、図2に示す、HAN系推進剤、及び水(水蒸気)推進剤用0.5-3 kW級アノード輻射冷却式アークジェットエンジンを開発し(カーボン製のアノードは水冷せず、輻射冷却である(カソード部分のみは水冷している))、SHP163(HAN系ガス)分解模擬ガス(N2, CO2, H2Oの混合ガス)とヒドラジン分解模擬ガスを推進剤に用いて推力を測定した。図3に示すようにプラズマ噴射流は時間的に非常に安定であるが、ヒドラジン模擬分解ガスの推力がSHP163のそれより、同一の投入電力では大きかった。SHP163分解模擬ガスの場合、比推力200秒、推進効率5%であり、ヒドラジンのそれに比べて半分以下である。分解ガスの分子・原子量や電極損耗などが密接に関係しており、HAN系ガスの使用ではそれらを考慮した最適電極形状、作動条件を今後探索しなければならない。水を推進剤に用いた場合も同様であり、推進性能がヒドラジン模擬分解ガスに比べて低く、エンジン本体の最適化が必要であると考えられる。

また、電極損耗、特に陰極損耗に関して、SHP163分解模擬ガスを用いた場合(水推進剤の場合も同様)、タングステン陰極では約10分間の作動で陰極が極度に短くなり、最終的には放電が不安定になり作動停止した。一方、ヒドラジン模擬分解ガスの場合はほとんど損耗が観測されなかった。SHP163や水の場合、酸素原子によるタングステンの酸化反応、その後の剥離が著しいと予想される。陰極材料の損耗を徹底的に抑える必要がある。その一つの試みとして、陰極材質を窒化ジルコニウムに変更したところ、損耗量を大きく減少させることができた。損耗低下のメカニズムは、まだ不明確な部分が多いが、今後新たな電極材料の選定など必要不可欠である.

2.2) 大電力水素アークジェットエンジン

月基地建造物資輸送、地球近傍における大型建造物物資・有人輸送、有人火星探査など、比較的短期のミッションに相応しい電気推進は、大推力のアークジェットエンジンである。特に、打ち上げ用大型化学ロケットエンジンの極低温推進剤・水素の併用が期待されている。大阪産業大学では、図4に示すように、推力1-2 N、比推力800-1000秒、投入電力5-30 kW、作動寿命500-1000時間の大電力水素アークジェットエンジンの開発研究を行っている。開発のキーポイントは、廃熱と電極損耗問題に尽きる。

 
図1 直流アークジェットエンジンの推進剤の取り扱い(左:ヒドラジン、右:HAN)

 
図2 輻射冷却式カーボン陽極を用いた低電力直流アークジェットエンジンの断面図と写真

 
図3 低電力直流アークジェットエンジンの噴射プラズマ流の様子(左:HAN系分解ガス、右:水(水蒸気))

 
図4 カーボン陽極を用いた輻射冷却式 大電力直流アークジェットエンジンの水素ガスによる作動(左:作動中、右:作動停止直後)(投入電力6.62kW、陽極表面温度1,100K)




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